1.お釈迦様の最後の教えと戒の意味
お釈迦さまはお亡くなりになるとき、お弟子たちに最後の説法をなさいました。その説法のはじめに、「私の入滅後(死後)は、何よりも戒法を敬い尊ぶ生き方をしなさい。そうすれば、人生は明るく、心豊かに暮らせるのだ。」と示され、「戒を敬い守って行くならば、私が生きているのと変わりがないのだ。」とまでお諭しになっておられます。「戒律為先の言、すでにまさしく正法眼蔵なり」と『正法眼蔵』「受戒」巻に示される如く、曹洞宗において戒とは、深い信仰に根差した生活を送る決意を促す教えであります。戒を受けることによって「無益な殺生などはとうていできない(不殺生)」「他人のものを盗むことはとうていできない(不偸盗)」という慈悲の心に基づく生活習慣が生まれ、人間として正しい生き方が確立されるのです。
2.授戒と受戒
授戒は戒法を授けていただくことですが、この場には、授ける人と、授けるものと、受ける人がいます。授ける僧を戒師といい、授けるものとは菩薩戒という戒であり、戒を受ける人を戒弟といいます。そして、戒法を授けていただいた証として「血脈」を頂戴します。したがって、授戒とは戒師の側からいう言葉であり、受戒は戒弟の側からの言葉となります。
3.十六条の菩薩戒について
戒は、正しい生き方をし、仏様との「約束」を守り、自発的に「仏としての行い(仏行)」を、日夜実践することが大事です。大乗仏教ではこの約束を菩薩戒と呼んでおり、曹洞宗も菩薩戒を重んじます。そして、菩薩戒の内容を十六条立てて、実践するべきだとされています。
十六条の戒法とは以下の通りです。
三帰戒
戒のもっとも根本となる、仏法僧の三宝に対する帰依(真心を尽くして敬うこと)を三帰といい、これが仏教徒としての生き方の根本となることから、三帰戒という「戒」を付けて表します。
三聚浄戒
- 摂律儀戒(悪いことはしない)
- 摂善法戒(善いことをする)
- 摂衆生戒(全ての衆生を救う)
菩薩戒の基本となる考え方です。最初の二項目は、過去七仏に通底する考えである、「諸悪莫作・衆善奉行」に繋がるものですが、三項目は、これこそ菩薩戒の本質といえる内容です。これを、三帰戒に続いて約束します。
十重禁戒
- 不殺生戒(殺さない)
- 不偸盗戒(盗まない)
- 不貧婬戒(犯さない)
- 不妄語戒(誤ったことをいわない)
- 不酤酒戒(酒に溺れない)
- 不説過戒(他人の過ちを説かない)
- 不自讚毀他戒(自らを褒め他人を謗らない)
- 不慳法財戒(教えも財産も他人に渡すことを惜しまない)
- 不瞋恚戒(怒らない)
- 不謗三宝戒(仏法僧の三宝を謗らない)
三聚浄戒の「摂律儀戒」の具体的内容が、この十重禁戒です。「悪いことをしない」と誓うわけですが、それはこの10の戒法に展開されています。
しかも、菩薩戒の場合には、最終的な目標は、自らの救済よりも先に全ての生きとし生けるものの救済を願いますので、この項目はただ、悪事を止めるということではなくて、この実践を通して、生きとし生けるものを救うように勧めていくのです。
4.受戒のすすめ
戒を受けることは、お釈迦様のお弟子となり、真の仏教徒としての自覚を持ちながら、仏心の花を開くことです。戒師の導きにより、戒法を自覚したその証として「血脈」を授かります。授戒会の期間、聞法と礼拝を通じて、必ずや法〈仏の教え〉の徳が、みなさまの身と心を満たすことでしょう。世界の多くの人々が、(仏生)に目覚めるための「授戒会」に縁を結ばれますよう切にお勧め申し上げます。